12.12.2011

由一の「鮭」と踊る「豆腐」 (5月の始め 3)

「モダン・アート,アメリカン展」の会場で、来年春に開催される「高橋由一展」のチラシ(吊るされた鮭の絵の横に「中学で見た人、高校で見た人、もう一度」というコピーが書かれている)を手にとって思い出したのが、春に香川県に行った際に、そういえば、こんぴらさんにお参りをし、結果的にはそのついでに、「高橋由一館」に入って「豆腐」の絵を目にしていたということだった。

この後、高松行きの電車の中で、案内所でもらったパンフレットを見ながら、金毘羅宮がわりと近いことに気づいた。丸亀の下の方だから、高松方面とは反対になる。お参りしておきたいなあ。しかも、高橋由一と丸山応挙の作品も観れる!胸がざわつき始めた。こうなったらやることは一つ。次の駅ですぐに電車を降り、反対のホームから再び丸亀に引き返し、金毘羅宮をめざした・・・。

金毘羅宮の階段は噂どおりきつかった。せっせと登ってもなかなか一番上らしいところにはたどり着けなかったので、潔く途中であきらめて(もちろん参拝は済ませた)美術鑑賞をすることにした。円山応挙の襖絵が公開されている表書院から少し階段を下ったところに、高橋由一館があったと思う。今でもよく覚えているのが、建物の前からこちらに歩いてきた二十歳くらいの女の子とその母親の会話。
「高橋・・・ってほらあの巨人のダレだっけ・・・」
「高橋由伸!」
「そうそう!ヨシノブ!」
この2人は、中に入っていないだろうなあと思った。「鮭」の絵を見ても「学生のときに見たかも」とピンとはこないかもしれない。「高橋由」でダレを一番に想像するかは、人によるらしい。

高橋由一館」の中は、受付のおばちゃん以外、だーれもいなかった(普通の美術館だと運営が心配になる)。だからゆっくり見て回れた。絹豆腐と焼き豆腐と油あげが、使い込まれた木のまな板の上に乗っている「豆腐」は、由一の目を通して生々しく描かれていて、水分がしみでてくる様子が、豆腐を扱ったことのある人なら誰でも経験的にわかる絵となっている。もしかすると、この湿った部分は、構図を決めるのに何度も位置を動かし続けた軌跡なのかもしれない。この絵を見て「おいしそう」だとか、「食べたい」とか、食欲につながる感情には結びつかなかった。「床の間に飾ってある幽霊やスズメの絵に度々おこるようにね、彼らも夜な夜な抜け出すんです。びしゃん、びしゃん、て音をたてながら。見てみたいでしょ?」とおばちゃんに言われたら、私は迷わず頷く。それほど、豆腐らしい豆腐なのだ。
身近な題材を扱っている絵の他には風景画もあったけれど、なんだかぱっとせず、ほとんど記憶に残っていない。「豆腐」でお腹がいっぱいになってしまった。


「鮭」も一度は見ておきたいと思っていたので来年楽しみだなあと思って、よくよくチラシを見たら「豆腐」は、巡回先の京都国立近代美術館のみの展示と書いてある。東京芸術大学大学美術館では見ることができない。残念!
豆腐、豆腐、豆腐、と何度も繰り返していたら、なんだか急に湯豆腐が食べたくなってきた・・・。味噌田楽もいいなあ・・・。



資生堂パーラー(!)の『神椿(壁は田窪恭治が製作した青色の陶板壁画で覆われている。境内に自生するヤブツバキをモチーフに描かれたのだとか。)』の下辺り?からの眺め。