6.26.2011

New Documentary

土曜日
英語のテストを受けに新宿へ。今日は奇跡的に1回しか迷わずに、目的のビルに辿りつけた。余裕があったので、「ナントカの目」の横を、いつもより少し時間をかけて通り過ぎてみた。「新宿の目」という、そのまんまな名前だった。頭の中にあった記憶のそれよりも、実物は大きく輝き方も違った。怒ったら怖そうな女の人の目のように見える。くったくったになった後、一緒に受けていたTと、つかれたね。と何度も言い合う。何度言ったのか覚えていない。日頃、集中して机に向かうことがどれほど少ないことか!近所まで戻り、ミスタードーナツへ行って、ポンデリングとフレンチクルーラーを頼み、カフェオレをお代わりしながら、2時間半くらい思いつくまま話す。テストの話は一度もしなかった。家に帰ってからもお腹がまったく空いておらず、そのまま何も食べなかった。しばらくドーナツは食べたくないなあと思った。

日曜日
ホンマタカシの「New Documentary」の展示を見に行く。被写体との「一定の距離感」を保ちながらも、彼ら(或いは土地)の持つ過去や記憶に向けられた視線を感じた。「Tokyo and My Daughter」というシリーズは一見するとホンマタカシの娘の成長記録だけれど、実際はホンマタカシの子どもではない。その中には、彼女が成長する様子を写したスナップ(ホンマタカシではなく、彼女の本当の家族が写した写真)の複写もキャプションなしに展示されていて、写真家の「写す」という行為と家族がカメラを向ける行為との違いについてなんだか考えさせられた。ロラン・バルトの「明るい部屋」を読み返したくなった(会場横のギャラリーショップでは「明るい部屋」とホンマタカシの「たのしい写真」が並べて置いてあったけど、これはわざと?)。
新宿についてから、やっぱり図録を買えばよかったなあと後悔しだす。でも、遅い。ジュンク堂と無印と成城石井に寄って家に帰る。街はもうバーゲンの季節。

・テレビメモ
27日から30日までBSで放送される「猫を愛した芸術家の物語」が気になる(感想も後で追記)。
「第1回 藤田嗣治 パリで拾った愛と成功」→竹中直人、よく似ている。猫が好きらしい。
「第2回 ノラを探した14年の孤独 内田百閒」
→本棚から「ノラや」を持ってきて、パラパラめくりながら百閒さんとノラのドラマ見ていた。あまりになげき悲しむ百閒さんの様子が滑稽で愛らしくて、読んでいるとやっぱりこっちも悲しくなって泣いてしまう。久しぶりに町田康も見れた。今はおかっぱなのね。
「第3回 向田邦子 ボクだけが見た彼女の涙」
「第4回 夏目漱石 吾輩は福猫である」

6.25.2011

summer day



6.22.2011

目の眩む赤

6.18.2011

雨のはじまり


バラを楽しむのって、雨とのたたかいだなあ。

と書いてしばらく放置していたら、週間天気が曇りと雨のマークだけになってしまった。次の晴れ間はいつだろう。


先週の土曜日
気乗りのしないまま仕方無しに模様替えをしたら、少し気分が変わった。もっと早くすればよかった。本棚をもう一つ増やそうかなあという気もしてきた。といっても、最近はほとんど本を買ってないからすこーしづつしか増える予定はないし、困らないのだけど。
音羽館に寄った後、吉祥寺をふらふらする。ユニクロに行ってサラファインを買ってみる。サラっとファインになればいいなあ。
その夜、「グリーン・ホーネット」を見ていてよかったと思ったことがあった。これからも、映画を見るときは英語を意識して見よう、そしてなるべく使う努力(機会があれば!)をしよう(だから読書よりも映画ばかり見てしまうのだ)。2件目の店に行った後、ちょっとした衝撃的な事実を知る。私はセクシストでもレイシストでもないし、ゼノフォウビックな人間でもない。そんなことは言わなかったけれど、ピープルパーソンではない、と言って駄菓子をつまんだ。久しぶりにお酒を多めに飲む。気づいたら4件も回っていて、家に帰って新聞配達のバイクの音を聞いても何度寝返りを打っても全くねむくならなくて、本当に困った。

6.14.2011

路の猫 #3



・猫メモ
ちょっと撮るのがおそかった。豆サイズの猫。つつつつーと呼ぶと一瞬だけ振り返ってくれた。

6.06.2011

バラとこけし


土曜日
Tが行きたがっていたお店でランチを食べる。お魚、お肉(クスクス添え)、パンのお代わり、紅茶、苺のシュークリーム、グレープフルーツジュースを頂いて、本当にお腹がふくれる。ドアの手前と店の奥に大竹伸朗の数年前の展覧会のポスターが貼ってあった。新聞紙に描かれた黒く丸い顔がこちらを見ている。帰り際、接客をしてくれたスタッフに尋ねてみると(直島には行かなかったけれど、丸亀にはこないだ行ったばかりだから話たくなった)、料理を作ってる者が好きなんです、僕はこういうのはよくわからなくて・・・という答えだった。 わからないっていうのは難しいということ?現代美術にあまり興味が無い人が持っている正直な感想なんだろうなあと思う。好きか苦手かキライか、で判断すればもっと簡単な気がする。
Tと別れた後、写真を撮りに公園へ。道沿いに一列になって楽器を弾くグループ。それを聞いている人たち。漫才の練習をしている男の子たち。それを見ている人たち。大きなシャボン玉を空に向かって飛ばす人たち。その写真を撮る人。サッカーやバレーやバトミントンを楽しむ若者たち。その間を邪魔にならないようにそろそろ歩く親子連れ。長い竹竿で遊んでいる白人の男の子と女の子。それを見ている私。人間の子どもと同じくらいある大きなプードルとじゃれあっている中年夫婦。それをビニールシートに寝ころんで眺めているカップル。太陽の光を浴びながら目を固く閉じている人。公園に集まった人たちは好き好きにくつろいでいる。 こんな光景を見ていると、色んなことがピンとこなくなる。人間はすぐに慣れてしまう生きものだなあとつくづく感じる。でも、逆を言えば、どんな環境でも生きていけるということなのだ。
バラが咲き誇っている辺りは甘い香りがしていて、通り過ぎる人がみなその香りをほめている。蜂になったみたいに花に近づいていく。夕暮れ時の太陽の光は次第に花びらに吸収されて、どんどん濃くなってきた。ピンクのバラにカメラを向けていると白いちょうちょがひらひら飛んで来て、カメラから顔をあげるとあっという間にどこかへ飛んでいってしまった。


日曜日
こけし祭りのお手伝いを少しする。こけしを一度にあんなに見て触ったのは初めてだった。色んなお顔や絵柄のものがあって、その中を探せば知っている誰かに似たこけしがでてくるんじゃないかと思った。150体以上はありそうなこけしを並べてみたけれど、販売時間が終わる頃にはもうほとんど残っていなかった!こけしってすごいヤツだと思った。このパワーが少しでも、東北に届きますように。

Kさんの名言メモ
・「眠くないのは眠っている間だけ」

6.05.2011

路の猫 #2


猫メモ
・土曜日の朝、近所にて。おせんべ屋さんの猫。かご中の鳥には無関心な様子。通りかかる人が声をかけると、ごろんと横になってお腹を出して目を細めていた。

6.02.2011

5月の始め 2

猪熊弦一郎美術館を出た後、丸亀城の近くまで行き、教えてもらったうどん屋さんの一つに入る。トッピングはわかめとちくわで計350円。全部流し入れると表面が真っ黒に輝いて、ピンク色のふちのカマボコとちくわが漂流物のように見える。さあて、と一口食べてみて、この店を選んだのは失敗だったかもしれないという気になる。やあらかすぎる麺。セルフが全ておいしいわけではないのですね。どこからかおじさんの声で「人生が終わったら・・・」という言葉がぼそっと聞こえた気がしたけれど、その後はそれに続くような話はなかった。食べるのに夢中になったのかもしれない。それとも、テレビの中の声?

日傘をさしつつ、丸亀城へ向かう。毎年ゴールデンウイークにはお祭りをやっているらしい。お城へ向かう車道は歩行者天国になっていて、その道沿いに色とりどりの提灯がぶら下がり、お祭りらしい食べ物を売る屋台が隙間なくぎっしり並んで、威勢の良い声でお客さんを呼び込んでいる。一方で、金魚屋さんのように、暇を持て余して通り過ぎる人を見ながらうちわをあおいでいる店もある。お城の敷地へ入ると、白いテントの下に洋式トイレがばーんと展示してあった。お祭りでは何でも許される。人ごみのせいなのか分からないけれど、同じところをぐるぐる回るばかりで一向に辿りつく気配もせず、だんだん疲れてきたので、お城らしきものを後にした。歩道ではスピーカーからナントカ音頭?が流れている。
「~踊ってごんな(?) 見てごんな(?) 見るより踊るがえええ女~」大通りに出るまで耳にしただけなのに、メロディーも節も覚えてしまった。少しだけ踊れる女になった気分を味わう。

なんとなく高松に向かうことにして、丸亀の駅で切符を買う。事前にT子から高松の三越に行けばニックナックが買えるという情報を聞いていたから。直島に行くには時間が中途半端だし、ニックナックを買って家に帰ろうかなあと思っていた。電車の中で、あのパンフレットを見るまでは。


6.01.2011

under the rose



The thing I love most is…

The thing I hate most is…