12.23.2010

Merry Merry Merry とつぶやいてみる





ものすごく久しぶりなのです。

11月くらいから引越しやらなんやらで落ち着かなかったけれど、ようやく、パソコンの前に座ってブログを更新する気分になった。色々とおもしろい場所に行って、見たり聞いたり食べたりとしたことも、結局書けずじまい。なんだか、もったいない。
気づけばもうクリスマス!えー、ほんとに?早い・・・。時間は均等に流れてるはずなのに、オトナになってからの時間が経つのはものすごく早い。

Aちゃんが貸してくれた、タムくんの「ブランコ」読み終わって、気分がふわふわしている。時間や空間を越えたあいのおはなし。星野道夫の本を読み終わった後と同じきもちになった。悪いものが流れ出て、リセットされるようなきもち。本棚を見てみると「長い旅の途上」があったので、ページをめくってみる。

以下、「はじめての冬」より抜粋。

大人になって、私たちは子ども時代をとても懐かしく思い出す。それは、あの頃夢中になったさまざまな遊び、今は、もう消えてしまった原っぱ、幼なじみ・・・なのだろうか。きっとそれもあるかもしれない。が、おそらく一番懐かしいものは、あの頃無意識にもっていた時間の感覚ではないだろうか。過去も未来もないただその一瞬一瞬を生きていた、もう取り戻すことのできない時間への郷愁である。過去とか未来とかは、私たちが勝手に作り上げた幻想で、本当はそんな時間など存在しないのかもしれない。そして人間という生きものは、その幻想から悲しいくらい離れることができない。それはきっと、ある種の素晴らしさと、それと同じくらいのつまらなさをも内包しているのだろう。まだ幼い子どもを見ている時、そしてあらゆる生きものたちを見ている時、どうしようもなく魅きつけられるのは、今この瞬間を生きているというその不思議さだ。

先日、アラスカの川をゴムボートで下っている時のことだった。川の流れに身を任せながら、ふと前方を見ると、川岸のポプラの木に一羽のハクトウワシが止まっている。急流はゴムボートをどんどん木の下へと近づけ、ハクトウワシもじっとぼくを見下ろしていた。飛び立ってしまうのか、それとも通り過ぎさせてくれるのか、ぼくはただぼんやりとハクトウワシを見つめていた。それはぴんと張りつめた息詰まるような時間でもあった。ぼくを見つめているハクトウワシには、過去も未来も存在せず、まさにこの一瞬、一瞬を生きている。そしてぼくもまた、遠い昔の子どもの日々のように、今この瞬間だけを見つめている。一羽のワシと自分が分かち合う奇跡のような時間。過ぎ去ってゆく今がもつ永遠性。その何でもないことの深遠さに魅せられていた。川の流れはぼくをポプラのすぐ下をすり抜けさせ、ハクトウワシは飛び立たなかった。

この部分を読むたびに、自分がハクトウワシになって星野さんと目が合っているような気になる。なんでだろう。木に止まって、ボートが通り過ぎるのをじっと見ているのは、わたしなのだ。
長田弘の本にも、一瞬の持つ永遠性を書いた、鳥が登場する詩があったのを思い出したけど、今すぐでてこないので、またいつか書くことにしようー。

さて、今年はどんな1年だったでしょうか  
来年はどんな年になりますでしょうか 
ブログに関しては、ぼちぼち更新できたらなぁと思っています。

みなさまも良いお年をお迎えください。
また、来年!