6.21.2009

クロエの睡蓮

  
(at ZENPUKUJIKOUEN)
 
クロエの肺に咲いた睡蓮はいったい何色をしていたのだろう。と現像から上がった睡蓮の写真をぼんやり見ていて思った。

レーモン・クノーに「現代における最も悲痛な恋愛小説」と言わしめた、ボリス・ヴィアンの「日々の泡」(「うたかたの日々」というタイトルもある)。私たちは3組の恋人たちを通して、愛の散りばめられた世界と残酷で皮肉に満ちた世界を見る。諧謔、ペーソスがミックスされたヴィアンワールドだけれど、そこには美しい花が咲いている。

序文で「物語のいわゆる現実化とは、傾斜した熱っぽい気分で、ムラ多く波だってねじれの見える平面上に現実を投影することだ。」と語っているように、この物語の世界は少しねじれている。そのねじれは、ジャズ・トランペット奏者、シャンソンの作詞作曲者、歌手、俳優として、また小説家、戯曲家・・・として過ごしたヴィアンの人生とリンクしているようにも見える。
物語は、甘いイメージの重なりの中に(例えば、台所に住むハツカネズミは日光が真鍮の栓にあたる衝撃音にあわせて踊るのが好きだったり、シナモン入り砂糖の匂いのする雲が降りてきてコランとクロエを包んだりする)、お金と労働、病気、死の現実が次第にはっきりと現れるようになり、彼らを追いつめていく。クロエの部屋が彼女の病気の進行につれて小さくゆがみ、太陽の光を失っていくのと同じように。
クロエは、肺の中に睡蓮が根付くという奇病におそわれていた。睡蓮が花を咲かせるということは、彼女がこの世から去ることを意味する。その病の治療には花をもってあたる、というのがまた切ない。クロエのベッドの周りにはおびただしい花が並べられる。蘭、薔薇、あじさい、カーネーション、椿、桃、ハタンキョウ、ジャスミン、ヴァニラ、リラ・・・。匂いたつ花々に囲まれながらクロエにできることは、花を買って帰るコランを待つことだけ。生きながらにしてすでに死の準備が整えられつつあることに私たちは気づいて、胸を痛める。
次々にでてくるイメージの連鎖が美しく(例えそれが機械じみたものであっても)、その箇所を読むだけでもこの本を読む価値があると思う。

睡蓮は何色だったのか、それは最後まで書かれていない。鮮やかな色?淡い色?純白?或いは透明?
その答えは、私たちの想像に委ねられている。

Duke EllingtonのMood Indigo。










「クロエ」という女の子の名前はヴィアンが好きだったDuke Ellingtonの「Chloe」から取ったものらしい。You Tubeには落ちてなかったので代わりにこの曲を。